お寺

聖徳太子のゆかりの寺・中宮寺さっくり紹介

歴史の偉人として、卑弥呼の次に出てくる重要人物。聖徳太子。

今回は、そんな古代のスーパースター聖徳太子ゆかりのお寺である「中宮寺」をご紹介していきます。
基本情報や駐車場情報。そして中宮寺の歴史など。

中宮寺を訪れるのが10倍楽しくなると思いますよ!

中宮寺 基本情報

中宮寺

住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2
電話:0745-75-2106
拝観時間:9時~16時30分(10月~3月末までは ~16時まで)
拝観料:600円(法隆寺拝観者は500円になる)子供料金あり

アクセス
JR法隆寺駅からバス(5分程度乗車)「中宮寺前」下車 徒歩10分
駐車場 なし (近隣に法隆寺参拝客むけの駐車場がたくさんある。どこも500円程)

中宮寺 駐車場情報

中宮寺は法隆寺の西伽藍(夢殿のある周辺)の一角にあります。
車で参拝する場合でも近隣に法隆寺に参拝する観光客むけの民間駐車場がたくさんあります。
駐車場に困ることはありませんが、
中宮寺のみに行く場合は、「法隆寺西山観光駐車場」「堤 観光駐車場」がオススメです。

ちなみに私はいつも、「堤 観光駐車場」利用しています。(お茶のサービスが嬉しい)

知って楽しい中宮寺のあらまし

  • 聖徳太子が母(穴穂部間人あなほべのはしひと)の為に創建したお寺。
  • 創建は飛鳥時代。
  • 尼寺としては日本最古の歴史を誇る。
  • 安土桃山時代末から幕末までは、皇孫女が住職を務めた尼門跡寺院である。
  • 現在でも女性の住職が法灯を守り続けている。なんだか尊い。
  • 聖徳太子 創建7寺に数えられる。
  • かつては広大な寺社だったが、時代とともに寺地は失われて主要な宝物も法隆寺へ移された。
  • それでも、法隆寺に吸収合併されずに、一つの寺として残ってきた地味にすごいお寺。
  • 残された寺宝のなかでは「菩薩半跏像」「天寿国繍帳」が有名。
  • というか、その二つがあまりに有名なので他のものの知名度が全く上がらない・・・。
  • 尼寺だけあって、女性スタッフの元気な笑い声が好ましい、清々しいお寺。
  • 法隆寺の東院伽藍(夢殿など)の区画内にあるため、「中宮寺の入り口がない??」と観光客が迷子になっている事がたまにある。
  • 中宮寺の入り口は法隆寺夢殿に向かう門をくぐった先なので注意が必要。
  • おもな見どころは本堂のみ。
  • それがかえってこぢんまりしていて回りやすい。
  • ちなみに現在の本堂は高松宮妃殿下の発願で1968年に建立されたコンクリート製。
  • コンクリート製といってあなどるなかれ。平安時代の寝殿伽藍の様式でつくられている。
  • 池を配した建物は「菩薩半跏像」にふさわしい外観となっている。
  • 令和の本堂改修プロジェクトの際にはクラウドファンディングを実施していて、新しいアイデアを積極的に取り入れている。温故知新の素晴らしい感性のお寺。

尼門跡寺院とは皇族・公家・将軍家など出身の高貴な女性が住職となって営まれてきた独特な品格を持つ寺院のこと。

圓照寺・中宮寺・法華寺は奈良の三門跡として名高い。

国宝・菩薩半跏像

中宮寺と言えば「菩薩半跏像」がとても有名で、これを目当てに中宮寺を訪れる人は珍しくありません。
上品なその微笑は、誰が言いだしたのか「世界の三大微笑」ともいわれます。
(ちなみにあとの二つは「モナリザ」「スフィンクス」となっていて守備範囲が広い。)
そんな「菩薩半跏像」をご紹介していきます。

菩薩半跏像のあれこれ

中宮寺の売店(入口を入ってすぐ横)で売られている菩薩半跏像のポストカードは 一枚100円。買わない理由がない。
  • 製作は飛鳥時代(7世紀)
  • 寺伝では「如意輪観音」と言われるが、作られた時代に如意輪観音信仰がなかったという時代背景もあり、「弥勒菩薩」説が有力と考えられている。
  • でも国宝指定名は「菩薩半跏像」。・・・ややこしい。
  • 素材は樟(くすのき)
  • 一本の木材だけではつくられておらず、数種類の木材を組み合わせた像
  • 数種類の木材で作った仏像としては日本で最初のもの。
  • ほんとに作られたのは飛鳥時代なの!?と疑うほどものすごく優美で丸みがある。
  • 口元に飛鳥時代の仏像の醍醐味アルカイックスマイルを浮かべている。
  • その静かでたおやかで、それでて謎めいた微笑みにやられる人が続出している。
  • かくいう私もその一人。
  • 頬にかすかに手をそえ、物思いに耽るような気品のあるその姿は間違いなく飛鳥時代の傑作のひとつ。
  • かつては鮮やかに彩色されていたが、現在では下地の黒漆が露出しているためお肌は黒く光っている。
  • 京都の広隆寺の半跏像も有名だが、中宮寺の像は髷(まげ・頭のお団子のようなもの)が二つある。
  • 頭の後ろの光背は「宝珠型」と呼ばれていて頭の部分だけに光背があるというもの。
  • これは、飛鳥時代の仏像に多い光背の形。(百済観音なども、光背は頭の部分のみ)
  • ちなみに、この「菩薩半跏像」飛鳥時代に造られたものの他にも全くお姿が同じ仏像が2体もある。
  • それぞれに「大正の半跏像」「平成の半跏像」と呼ばれている。
  • どちらの半跏像もぱっと見ただけでは本尊と遜色ないほど美しい仏像。レプリカなんて言わないで。
  • 「平成の半跏像」はスペインへ旅立ったこともある国際派の仏像である。
  • 普段は2体ともそのお姿を見る機会はないが、2020年の本堂修復工事に合わせて本尊の「菩薩半跏像」が九州へ旅立った時には。身代わり本尊として期間限定で公開されていた。

弥勒菩薩って何?

中宮寺のご本尊は寺伝では「如意輪観音」となっています。お寺のホームページでもちゃんと「菩薩半跏像(伝如意輪観音)」と記載があって、中宮寺では如意輪観音として祈られています。


けれども、ここでは教科書的に「菩薩半跏像」を弥勒菩薩と仮に考えるとして弥勒菩薩について簡単に説明します。(あくまで仮です。)

弥勒菩薩

簡単にいうと仏(如来)になることを約束された菩薩

未来のミライならぬ、未来の仏。それが弥勒菩薩。

現在は兜率天という天上の世界で修業をしつつ、教えを説いている弥勒様。
釈迦入滅後からはるか遠い未来に再誕(下界におりてきて)して釈迦の救済から漏れた人々を救ってくれるのだという。
ちなみに、遥か遠い未来とは56億7千万年後のこと。
仏教の世界はものすごく壮大です。(一説によると太陽系の余命と同じらしい)

奈良時代までは、弥勒菩薩といえば
椅子に腰かけて右足を左ひざの上に置き、右手の指先を頬に添える。「半跏思唯像(はんかしゆいぞう)」が主流でした。これは、弥勒菩薩が兜率天で瞑想をしている姿だと言われています。


その後、平安時代以降になると立像や坐像など色々なパターンで造られるようになりましたが、
やはり、今でも弥勒菩薩として人気が高いものは「半跏思唯像」です。
(中宮寺の他には京都の広隆寺のものが有名です。)
静かに物思いにふける佇まいが、日本人の心を打つのかもしれません。

まとめ

中宮寺いかがだったでしょうか。
菩薩半跏像が見たくなってきませんか?笑


中宮寺のある奈良県斑鳩町には、他にも聖徳太子のゆかりの地がたくさんあります。
気候のいい時期にハイキングとしてお寺をめぐったりするのも楽しいですよ。
みなさん是非、足を運んでくださいね。